Holy Cherry小説コーナー天国の庭先(作:マロンさん)
第1話
穏やかな昼下がり、マローネは屋根の上のさらに上の大きな木に登ってひなたぼっこをしていた。ときおり吹く風が彼女の頭の二つの大きなハネ毛をぴょこぴょこと揺らしている。
ふいにマローネは右隣の虚空に向かって話し掛けた。
「ヒマだねー、アッシュ」
するとヒュンという音ともに光が起こり、一瞬の間を経て、凛とした顔つきの青年が姿をあらわした。彼はアッシュ、ファントム〔霊魂〕である。アッシュがマローネの言葉にうなづきながら答える。
「ほんとだねぇ、サルファーを倒してからというもの依頼の数もうんと減ったからね」
やれやれといったふうに両手を上げるアッシュ。
「いいじゃない、私たちの仕事がないって事はそれだけ世界が平和な証拠なんだから」
たしなめるようにマローネがいう。
「それはそうだけど稼ぎがなくなるのはちょっとなぁ」
「もうアッシュッたら相変わらずお金にうるさいんだから、貯えもまだまだあるし大丈夫よ」
けして多くの報酬望まないマローネだが、いままでコツコツためてきた甲斐もあり貯蓄はかなりあった。
「うーん、でも、こうも仕事がないとなると退屈で仕方がないよ」
「うっ、確かに・・・」
この二人、つい先日まで島を買うためやら、サルファーの影響を最小限に抑えるべく東奔西走したりやらで忙しかったため、なおさら平和な日常に馴れないのである。
二人が揃ってうーーんとうなっていると下のほうから声がかかった。
「マローネちゃーん、アッシュさーん、ボトルメールが来てるよー!」
マローネが下を見るとボトルメールを片手に持ちながら、その手をぶんぶんと振っているウィッチのピコットの姿があった。
ピコットは見た目は可愛らしいものの、戦闘では強力な元素魔法を連発する大砲のような存在である。
「えっ!依頼が来たの?」
マローネは急いで木から屋根へ屋根から地面へと降りるとピコットのところにやってきた。アッシュも後からついてくる。
「ほら、コレだよ〜!」
ピコットがズイッと差し出してきたボトルメールをマローネが受け取って中に入っているメール(手紙)に目を通した。
第2話
手紙にはとても古そうな紙にインクのかすれた字でそう書かれてあった。
「ずいぶんと短いメールだね。依頼の内容も書かれてないし」
手紙に書かれた文面を見て、いぶかしそうに腕を組むアッシュ。
「うんうん。手紙もなんか古くて胡散臭そーだしぃー。どーする?マローネちゃん」
ピコットも違和感を感じたらしく、心配顔でマローネに問い掛ける。
マローネはしばし悩んで――
「うーん。でも、もしかしたらすっごい困っているのかもしれないわ、行ってみましょ、アッシュ」
と答えた。
「わかった。困っている人をほっとけないのがマローネだからね。とにかく行って確かめてこよう」
やれやれといったふうにアッシュが言う。
困っている人をほっとけないというマローネの性質上、どんなに説得したところで依頼を無視することはできないだろうとあきらめていたが、その分、マローネを危険から守ろうという意思は強かった。
「よし。じゃあピコットさん、みんなとお留守番よろしくね」
笑顔で手を振るマローネにピコットは元気に手を振って答える。
「りょーかーい☆何かあったらすぐに呼んでねぇ〜」
こうしてピコットに見送られながらアッシュとマローネは依頼主を探しに月詠み島にむかった。
第3話
『月詠み島』
これといって目立った産業は発展していない、人々は森林や湖の恩恵を得て生活している。
風光明媚で田舎チックなところがウリの観光地としても有名。
―――――
ボトルシップで月詠み島に上陸したアッシュとマローネは情報収集のため近くの村を訪れていた。
村の中に立ち並ぶ木造の建物が木材特有の温かみを感じさせている。
「なんだか落ち着いた雰囲気で過ごしやすそうな島ね」
マローネがきょろきょろと周りを見渡して言う。
店は観光者向けの木製アクセサリーを扱うものが多いようで個性豊かな看板が各々の店の壁にかけられている。
タマネギやスライムの形をしたもの、それに何故かカニミソをかたどった看板まである。
(あ、あれはカニミソ・・・なのか?)
看板を見て悩むアッシュ、店主の意図がつかめない。
アッシュが考え込んでいると横から楽しそうにマローネが言う。
「あっ!あのお店かわいー、カスティルに何かお土産買おうかしら」
「カニミソがかい!? ・・・じゃなくて、僕達は観光できたんじゃないんだよ。依頼を先に済ませないと」
アッシュはマローネの感性に衝撃を受けつつも、マローネが店に入ろうとするのをなんとかクールに引き止めた。
「そ、そうだったわね。依頼主を探さないと」
「やれやれ、久しぶりの仕事で気が抜けてるんじゃないのかい?」
「うん、そうかも。ごめんね、アッシュ」
「いや、別に謝ることはないよ。最近久々にのんびりしてたものね。とりあえず誰かに屋敷の場所を聞いてみよう」
そうアッシュが提案すると不意にウサギリス族の男が近寄ってきた。
「ひょっとしてあんたマローネさんじゃないかい?」
「はい、そうですけど?」
「やっぱり!サルファーから世界を救ってくださってどうもありがとうございます!」
いきなりガシッっと両手で握手されるマローネ。
周囲にいた人もマローネの事を見ていたのか、ウサギリスの男がお礼を述べたのをきっかけに一気に集まってきた。
口々にマローネへ感謝の言葉が送られる。
突然のことでかなりあせるマローネ。
「い、いえ、当然の事をしたまでですから」
慌ててそう言うが声が妙に上ずっている。
(ふふ、マローネかなり動揺してるな)
霊体のアッシュは微笑ましげにその様子を見ていた。
(本当に、多くの人に認められたからね・・・)
感慨深げにアッシュは思う。
微笑みに、どこか薄く影が差した。
「でも、世界を救った勇者様がどうしてこんな小さな島に来なすったんで?」
初めに話し掛けてきたのとは別のウサギリスの男が興奮した声音で尋ねる。
「ゆ、ゆうしゃさま!?」
自分が勇者と呼ばれたことに驚き、思わず声に出してしまい、とたんに顔が赤くなるマローネ。
コホンと小さいせき払いをして取り直して(顔はまだ赤いが)言う。
「え、えーと、実は依頼を受けましてノワールさんのお屋敷を探しているのですが」
「ノワールのお屋敷?」
ウサギリスの男は急に黙り込んだ。
「知ってるんですか?」
マローネがたずねる。
「ええ、でもあのお屋敷ことならシマオサの許可が要ります。よろしかったらシマオサのとこまでオレが案内しますよ」
「あ、ありがとうございます」
マローネはぺこりと頭を下げた。

―*―*―*―

かくしてマローネ達はシマオサの家に案内された。
居間に通されると座敷の奥からシマオサが出て来た。
「こんにちわ、シマオサさん」
月詠み島のシマオサはあごヒゲをふさふさに伸ばしたウサギリスのおじいさんだった。
「これはこれはよくぞおいでくださいました、勇者様」
(ま、またゆうしゃさま・・・)
「村のものからノワールの屋敷に用があると聞きましたが」
「はい、依頼のメールをいただいてその屋敷に伺うことになっているんですけど」
「ふむ、おかしいですな。あの屋敷はすでに無人のはず」
「無人?」
マローネが目を点にして小首をかしげる。
「はい、ずっと昔に屋敷の主が亡くなって以来、ずっとそのままにしてあります。屋敷の鍵は私が預かっているので誰も入れないはずなのですが・・・」
「じゃあ、あのメールは一体誰が・・・?」
「分かりません、でももし、お確かめに行かれるのでしたら鍵をお貸ししますが――」
第4話
シマオサから屋敷までの道を聞いた二人は村外れの森に来ていた。
目的のお屋敷はこの森を抜けたところにあるらしい。
「結局、依頼主は分からないままだね」
「そうね。でも、ひょっとしたら誰かいるのかもしれないし、確かめないと」
道に沿って森の中を歩く、覆い茂る木々によって日光が遮られ周囲は薄暗い。
「それにしても、大人気だったね。勇者様」
「はぅっ、も〜、その呼び方止めてよ〜。すっごく恥ずかしいんだから〜」
マローネが少し怒ったようにむくれる。
「ははは、でもホントにサルファーを倒したんだから勇者じゃないか」
フルフルと首を振るマローネ。
「私一人の力じゃないわ、傭兵団(レイヴン)の人たちやラファエルさんにおじいさん、ウォルナットさんやファントムのみんな、それにアッシュがいたからできたことなんだから」
「だから、今度みんなにお礼言われるときはアッシュも一緒じゃないとダメよ。もうみんなアッシュのことを怖がったりしないんだしさ・・・」
最後の言葉はマローネがいつも気にしていたコトだ。
やさしくて自分をいつも守ってくれるアッシュが悪霊と言われるのはずっと嫌だった。
「マローネ・・・」
「さ、行きましょ。早くいかないと依頼をくれた人が待ちくたびれちゃうかも」
少し暗くなった空気を打ち壊すかのように笑顔をみせて歩き出すマローネ。
ふと、その頭上でなにかがキラリと光った。
(あれは?)
見上げるアッシュ。
木の葉の茂みに隠されたモノに気づいた瞬間――
クイッ
先頭を歩いていたマローネの足に何かが引っかかった。
「あれ?なにかひっかか――」
「マローネ、危ない!!」
とっさに実体化してマローネを押し倒すかたちで倒れこむ。
ヒュッ ドスッ! ドスッ! ドスッ!
間髪をおかず、なにかが地面に突き刺さる。
「・・・な、なにあれ?」
目を丸くして先程自分がいた地点を見るマローネ。
くないのような物が何本も突き刺さっている。
「・・・罠だ、糸に引っかかったら落ちてくる仕掛けのようだね」
「罠?一体誰が・・・」
しばらく沈黙する二人。
やがて、かばった状態のままで体が密着していることに気づくと、アッシュが慌てて上体を起こして離れた。
「ご、ごめんマローネ」
「い、いいの。あ、ありがとう アッシュ」
二人とも少し顔が赤い。

アッシュが落ちてきた物を抜き取る。
調べてみると刃先に黄色い塗り薬のようなものが塗ってあった。
「それは?」
「この色は多分、神経毒の一種だと思う。当たったら体が痺れて動けなくなるよ」
「へー、アッシュって物知り」
素直に感心するマローネ。
ちなみにアッシュのこういった知識は長年のクロームのキャリアからくるものだ。
少年の時からクロームとして働いてきたアッシュは経験も知識も豊富なのである。
「とにかくここから先は簡単には進めなさそうだね」
「えっ?」
「ほら、木々と木々の間をよく見てごらん」
アッシュに言われてマローネは目を凝らして前方を見た。
木々の合間を縫って何本も細い糸が張り巡らされている。
そこらじゅうに似たような仕掛けが施されているようだ。
「ほんとだ、これじゃあ進めないわね」
「よし、マローネ、少し下がってて」
「う、うん」
アッシュが剣を構えた。
気を剣に集中させる。
「水竜波斬!」
勢いよく剣を振り下ろすと剣圧が水竜を形作り眼前の糸を切り裂いてゆく。
ヒュッ ドスッ! ドスッ! ドスッ!
糸が切れると同時に無数の毒針が落ちてきて、地面に突き刺さった。
「すごい、こんなにたくさん・・・」
マローネは唖然とする。
「どうやらどこを通っても罠にかかるようにしてあったみたいだね」
剣を収めため息をつく。
「とにかく屋敷に行ってみよう。このまま引き返すのはあまりに気がかり過ぎる」
「そうね、行ってみましょう」
アッシュを先頭に二人は歩き出す。
森の出口はすぐそこだった。
第5話
森を抜けると目的の屋敷は目の前だった。
「すごい、大きいー」
「きっと昔はすごく栄えてたんだろうね」
二人とも屋敷をしばらく眺める。
古びた大きな屋敷だ。
あちこちにツタが絡まり、ところどころ壁がはがれ落ちている。
「メールのとおりならここに依頼人が待っているはずよ」
「よし、入ってみよう」
屋敷の入り口の扉をシマオサから貨りた鍵で開鍵する。
鍵穴にキーを差し入れて回すとガチャリという音がした。
そのまま取っ手を引くとギィィィィィィィィィィィィィときしんだ音とともに扉が開く。
いつの間にか時刻はもう夕刻で、日がすでに落ちようとしていた。
森で罠に注意して歩いていたせいで意外に時間がかかったらしい。
「・・・なんか、おばけとかでそうね」
「マローネ、僕もおばけなんだけど・・・」
「あ、そうだった」
マローネが照れ笑いをして頭をカキカキする。
二人はゆっくり屋敷の中に入った。
屋敷内は広々としていて玄関から見て右側に扉が二つ、左側には大き目の扉が一つ、前には階段があり、上はテラス状になっていて、下と同じように右側と左側に扉があるようだ。
あたりは薄暗く、二階の窓から差し込む斜陽がわずかに屋敷内を照らしているだけだった。
「すみませーーん!」
「誰かいませんかーー!」
「依頼を受けてやってきましたー!」
とりあえず、大きな声を出して人を呼んでみたが反応が無い。
「やっぱり誰もいないのかなぁ?」
「うーーん、日も落ちてきたところだし。いったん引き返そうか」
「そうね」
二人が引き返そうとしたそのとき――
バタンッッッッ!!
突然、すごい音をたてて、ひとりでに扉がしまった。
「な、なに?!」
アッシュが急いで扉に手をかける。
ガチャっガチャっガチャっ!
勢いよく取っ手を引いてみるが扉はまったく開かない。
「くそっ、なにか特殊な力で封じられている・・・」
「ええっ、じゃあ私たち閉じ込められちゃったの?!」
「・・・そういうことになるね」
二人、扉の前に立ち尽くす。
太陽はすでに沈もうとしていた。
第6話
「どうしよーー暗くなってきちゃったし」
「とにかく他に出口を探してみよう。 この屋敷に長くいるのは危険そうだ」
「うん、わかった。でも・・・」
マローネはぐるりと周囲を見渡す。
右には二つ扉、左には大き目の扉一つ、前には階段。
「どっちに行けばいいの?」
「うーん、一階から見ていくのが妥当だろうね。 左か右かは勘にまかせるしかないけど」
「うーん、じゃあ、左で」
二人は左の扉を開ける。
部屋の中には大きな机があり、両サイドの壁際には本棚が並べられていた。
机の上には古くなった羊皮紙やインク、羽ペン、本などが乗っている。
「ここは、どうやら書斎のようだね」
部屋を見ていたアッシュが、なにか落ちているのに気づいた。
(これは・・・)
カンテラ(携帯用ランプ)だ。
中の小さな石に火をつければ明かりがともるようになっている。
この石はマナの結晶体。マナとはこの世界の物質に蓄積されていく自然の力のことで、このように燃料源としても用いられている。
「マローネ、もう日が落ちて暗くなってきたからこのカンテラに火をつけて探索しよう」
「うん。 でも火をつけるもの持ってないわよ?」
「それならピコットを呼んで火の魔法を使ってもらえばいいさ」
「そっか。なら」
マローネが机の上の本に意識を集中させる。
碧の光がマローネを包み、彼女を中心にわずかに風が巻き起こる。
「さまよえる魂よ 導きに従い現れ出でよ 奇跡の力 シャルトルーズ!」
一瞬、机の上の本がピカッと光り、本があった場所にピコットが現れた。
「はぁーい ピコットちゃん参上!」
「てやっ!」
元気良く登場すると机から飛び降り、しゅたっとマローネの前に着地する。
「何かご用?マローネちゃん」
「うん このカンテラに火をともして欲しいんだけど」
二パーと微笑むピコットにマローネがカンテラを差し出す。
「コレに? ちょっと待ってて、シュパッと火つけてあげるー」
魔法書を片手に人差し指をクルクル回す。
カンテラのまわりにある酸素がマナの結晶体一点に集結していく。
「ファイアー!」
呪文を唱えると同時にヒュッと指先をカンテラに向けると、ぼうっと炎がマナの結晶体を包み、明かりが灯った。
「はい、一丁あがりー!」
「ありがとう、ピコットさん」
「なんてこないよ、こんなの それよりココが例のお屋敷? 随分古いねー」
キョロキョロとあたりを見回すピコット。
「うん、もう誰も住んでないんだって」
「ほえ? じゃあ、あのメールはやっぱり」
「ああ、実はさっき閉じ込められたんだ。 どうやら今回の依頼は誰かが仕組んだ罠なのかもしれない」
「ふーん、なんか久々にピンチって感じだねー じゃあ、一度 島に戻ってみんなに状況を伝えておくねー」
「ああ、よろしくたのむ」
「了解☆ じゃ、マローネちゃん! なにかあったらまた呼んでね」
「うん、ありがとう」
「じゃーね」
しゅんとピコットの姿が消える。
コンファインに使った本はお持ち帰りしたようだ。
本好きの彼女はコンファインのアイテムが本ならば意地でも持って帰ろうとするので、今のところ本のみ、お持ちかえり率100パーセントをキープしている。
「さて、明かりも手に入ったし探索続行だ」
カンテラを手に、マローネとアッシュは次の扉へと向かった。
第7話
カンテラを取った部屋を出て玄関ホールに戻る。
外はすっかり夜になっていたが、カンテラの明かりおかげでマローネたちの周りはさっきより明るかった。
正面の二つの扉が薄明かりに照らされている。
一階でまだ調べていない扉はこの二つだけだ。
「さて、どっちの扉に入ろうか?」
カンテラを掲げ、アッシュが尋ねると片手を頬に当て、マローネが小首をかしげた。
「うーーん、・・・んっ?」
「どうしたんだい、マローネ」
「ねえ、アッシュ、床になにか白いものがついてるわ」
「白いもの?」
アッシュがカンテラを床に近づける。
照らされたものを良く見るとそれは泥が乾いて白くなったもののようだ。
その泥は自分たちの出てきた部屋から右の扉まで点々と続いている。
「・・・これって足跡? ・・・泥がついているということはこれを追っていけば外に出られるかもしれないな」
「行ってみましょう」
二人は足跡をたどって右の扉に入った。

扉の向こうは長い通路が続いていた。
通路はL字型になっているようでずっと先で突き当たり、左に折れている。
足跡も通路にずーっと続いていた。
「この足跡の人が依頼主なのかなぁ?」
通路を進みながらマローネがアッシュに問い掛ける。
「依頼主ねぇ・・・
あの森の罠や屋敷に閉じ込められたことを考えると僕にはとても依頼する気があるようには思えないけどね」
「アッシュ、そんなふうに人を疑うのは良くないわ。森の罠は防犯のためかもしれないし、屋敷の玄関が急に開かなくなったのだって何か複雑な理由があるのかもしれないじゃない」
「複雑な事情って・・・」
アッシュは考え込んだ。が、いくら考えても、防犯だからといって当たったら死んでしまうようなムービートラップやいきなり出口をふさいだりする理由は思いつかなかった。
「・・・マローネ、やっぱり君は人を信用し過ぎだよ。もう少し他人を疑う心を持ったほうがいい」
半ばあきらめ口調でアッシュはマローネをたしなめようとする。
「そんなことないわ、アッシュ。 アッシュこそもっと人を信じなきゃだめよ でないと人間不信になっちゃうわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
(人間不信・・・・うぅ、間違ったことを言ってるつもりは無いんだけどいつもこうやって逆にたしなめられるな)
マローネを説得するにはもうちょっと違うやり方を考えねばならないようだ。
アッシュはやれやれとため息をついた。

L字の通路を曲がると茶色の扉があった。
足跡はこの扉の向こうへと続いている。
扉を開けると向こうがわは外につながっていた。
ここの通路は屋敷の裏に出るための扉だったようだ。
「なんだか案外簡単に出られたね」
拍子抜けしたようにアッシュが言う。
「ホントね。あ、アッシュ、あれ!」
マローネたちの前方に藍色の葉っぱ服を着たのパティが立っていた。
パティはマローネたちをじっと見つめたあと、突然、踵を返して走っていく。
「待って!」
マローネが追い駆ける。
「あ、マローネ!」
アッシュもそれに続いた。
三十メートルほど走ると視界のひらけた場所に出た。
あたり一面を覆い尽くすかのように蒼い花が咲き乱れている。
月明かりを浴びて、花弁が淡く光っていた。
「・・・・・・・・・・・すごい、キレイ・・・・・・・・」
「ああ」
風が吹く、ザァっと音がして花弁が揺れ、キラキラと光る花粉が舞い上がる。
「ほんとにキレイ、それにいい香りがする なんて名前の花なのかな?」
なんだか楽しくなったのかスカートを翻してマローネがくるくると回る。
月明かりを浴びて輝く花畑で少女がくるくる回っている風景――
なんだか幻想的だなとアッシュは思った。
やがて、回転を止めたマローネがアッシュの方に向きなおって言う。
「そうだっ! パティを追い駆けているんだった こんなところで回ってる場合じゃないわ」
「えっ! ああ そうだったね」
マローネに言われて、はっと気づくアッシュ。
「さ、いくわよ、アッシュ」
(うっ、つい見とれてしまっていたな・・・)
二人してまた駈け出す、が、数メートルも行かないうちに足が止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは」
数多の蒼の花に囲まれて、いくつも石碑が立っていた。
石に刻まれた名前、日付を見る限りどうやら墓石のようだ。
「・・・ここって、お墓なのかな?」
「・・・みたいだね」
並んだ墓石を見ながら、ゆっくり歩く。
どれも古い日付のものだ。
そうして歩いているうちに道の先に小屋が建っているのが見えた。
「あっ、あの小屋の入り口の所にいるの、さっきのパティだわ」
マローネが指を差して言う。
藍色服のパティは玄関の前で立ち止まり、じっとマローネの様子を見ていた。
「・・・僕たちを待っているのかな?」
そんなふうに見えたので、二人は小屋の前にたたずむパティの前まで歩いていった。
大きな瞳がじっと二人を見上げる。
しゃがんで目線を合わせるとマローネは自分を見つめてくるパティに問い掛けた。
「あ、あの、依頼を受けてやってきたんだけど、あなた何か知らない?」
パティは微動だにせず、ジー―っとマローネを見つめると、やがて踵を返して小屋の中へ入っていった。
「ちょ、ちょっと待って!」
マローネ達も追いかけるようにして慌てて中に入った。
番外編
「はぁーい、みんな集まってー」
リムーブ早々、あたしはおばけ島のみんなに集合をかけた。
ぞろぞろとみんなが集まってくる。
POPたった50の狭い島なのに、人(ファントム)が多いのがこの島の特徴だ。
身長の低いあたしはそのままじゃ目立たないので、島の飾り付けのために置いてある切り株にピョンと跳び乗った。
ホントはポストの上に乗りたかったけど、それだと下が見えちゃうかもしれないしねー、このくらいの高さなら大丈夫っしょ。
さて、みんな集まってきたみたい、そろそろ始めよー。
大きな声を出すため、あたしはお腹に力を込めた。
「今からマローネちゃんの近況報告を始めたいと思いまーす!」
みんな待ってましたって感じ、やっぱりみんなマローネちゃんのコト心配なんだねー。
わかるわかるマローネちゃんかわいいもんねー。 「お昼頃、マローネちゃんに届いたメールですが、罠である可能性が非常に高いことが判明しました。
現在マローネちゃんとアッシュさんは何者かによって屋敷の中に閉じ込められています」
みんな心持ち心配そうな顔になる。
あたしもちょっと心配だよー。
「よって、次にコンファインされる時は戦闘の可能性が非常に高いです! 各自準備を怠らないよーにっ!
 ―以上、マローネちゃんの近況報告でした」
最後はびしっと決めた。
報告を終えて、切り株から跳びおりる。
みんなは口々にしゃべりあって離れていく。
よしっ! あたしも魔法書の手入れしとこう。
Holy Cherry小説コーナー天国の庭先(作:マロンさん)